工場地帯へのアクセスに優れていた

2011.11.12

鉄道や路面電車を使わなくても、馬車や人力車で通勤できたことでしょう。しかし、その後、近代的な工業地帯の中心地が、隅田川流域から川崎沖(鶴見)の埋立地へと南下するにあたり、新たに大田区、品川区、目黒区の丘陵地に高級住宅街が立地していくようになりました。当時、浜松町には東芝(東京芝浦電気)、田町にはNEC(日本電気)、大井町にはニコン(日本光学)、大森にはいすゞ自動車(石川島造船の自動車部門)などが事業を開始していました。

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これらは、すべて軍需産業です。大田区、品川区、目黒区の住宅街は、新橋駅から東京駅にかけてのビジネス街や工場地帯へのアクセスに優れていました。田園調布を頂点とした東急電鉄(玉川電気鉄道)沿線の高級住宅街に、当時のホワイトカラー層が住むようになったのには、そのような背景があります。もちろん、関東大震災が、その流れを決定づけたのも事実です。